2016年6月1日 福島高校リベラルゼミ「君たちはどう生きるか」に参加

衣替え初日。福島県立福島高校リベラルゼミに参上するのは4回目(4年目)です。

二期制の前期、中間試験の直前の放課後、1年~3年までの有志が終結、3年生になったわかりやすいプロジェクトメンバーも諸々で忙しい中参加してくれました(感涙)。

第一部は初めての方に照準を合わせて福島原発事故を取り巻く状況の存立構造仮説。

第二部は学年を超えた対話です。ガチリンベテランメンバーを中心に生徒同志のファシリテートで真剣な言葉とともに笑顔が咲きました。

最後は7月に襲来予定の「巨人」への作戦会議。中間試験後の準備工程が楽しみです。

振返りシートの記載も真剣そのもの。ありがとうございます。以下に一部を紹介します。
■今日は自分が変わった日でした。本当にありがとうございました。

■自分の生き方について、これまでは、周囲の様子に流されたり、特に物事を深く考えずに受け入れたほうが苦労しないと考えていた。今は、自分で主体的に考えて、大きな目標を持って生きていきたいと考えている。そこで私は、学校生活など身近なところから深く考えて行動する。

■自分の生き方について、これまでは、周りの空気に合わせて行動したほうがうまくいくと考えていた。今は、世の中の物事に対してまず疑いを持ってから思考したいと考えている。

■去年も同じテーマで書いた気がしますが、世界を変えることについて、これまでは、「めんどくさい」「大人になってから」と考えていた。今は、世界を変えるには自分を変えなければならない。自分を変えることは今からできると考えてる。そこで私は、明日いつもより早起きする。

■自分の世の中に対する見方について、これまでは、自分で考えていると思っていた。今は、自分で考えているわけではなかったと考えている。

■思考停止について、これまでは、民主主義の中で課題が出て来ることなく問題が解決されていると考えていたが、今は、表にされない情報が存在し、民主主義とはいえ、思考停止の状態も起きているかもしれないと考えている。そこで私は、これからの世の中と向き合う中で思考停止に陥らないようにする方法を考える。

■視点の持ち方について、これまでは、伝統を変えるのは難しいと考えていた。今は、難しいのは数の問題だけだ、一人一人が変化すればすべて変えられると考えている。

■これまで私は、日本は民主主義の国だと考えていた。今は、形だけの民主主義で、大半の人は思考停止に陥っているのかもしれないと考えている。そこで私は、他の人にもthinkingの大切さを積極的に伝えてゆきたい。

■去年のこの会から一年たち自分が思考停止しかかっていたことに気付いた。なぜ自分が思考停止しかかったのかを考えたい。

■モノの見方について、これまで私は一般的に受け入れられているモノが正しいと考えていた。今は一般的な考え方を学んだうえで、自分自身の視点からモノを見ることが大切だと考えている。そこで私は、毎日の生活の中で、自分の見方を少し変え、考えていけるようにする。

■自分と他の人の違いを知り、違いを理解できるようになり、自分も相手も尊重したいと考えた。

■思考停止について、これまでは、自分が何かをしても社会は変わらないと考えていた。今は、そんなことはないと考えている。そこで私は、まず自分を変えようと思います。

■私たちは「(思考の)壁」を乗り越えるためには今とは違い立ち位置に立たなければならない。しかし、新たに設けた立ち位置も何かしらの価値尺度の上に立っている。つまりその壁も乗り越えなければならないが、さらにその先にも壁がある。知は無限で「壁」の外に出ることはできない。では自分はどうするべきかというと「客観」とは他人の「主観」であることを自覚し、よりよく生きるために疑い続け考え続ける努力をすることだ、と思ったのですが、いかがでしょうか?
正鵠を射るそれぞれの言葉、言葉。
今回も世代を超えてたくさんの学びを頂戴しました。
7月の「巨人」襲来を迎える戦略会議に向けワクワク感が増した梅雨入り前。
地味にしつこい匍匐前進の一コマ。

「やってきました信夫山。熊目撃情報も落ち着き、入山規制は解除されたそうです。」
「やってきました福島県立福島高校。」
「リベラルゼミは4回目(4年目)。前期中間試験直前の放課後、1年から3年まで有志が集まりました。」